「水」鴨川地球生活楽校 7月レポート

〜 原発に反対すると同時に、僕らは311後の答えを生きる〜

僕らは水の惑星に住んでいる。

地球上の表面積は陸地が30%、海洋70%で、そして水の98%は海水、淡水は2%しかなく、さらにそのほとんどが北極や南極の氷山なので、人間や陸上生物が利用できる水は0.001%にも満たない。

そして人間の身体も年齢によって異なるが約65%が水で出来ていて、人間は水無しでは5日も生きられない。

水は命の源だ。

日本にいると中々そのありがたさに気づかないが、以前インドのラジャスターンの砂漠を窓ガラスの無いバスで旅した時、僕は完全にひからびてしまい、水の無い苦しみを初めて味わった。そしてその時、当たり前に思っていた湿潤な日本列島が実は当たり前ではなく、奇跡の島なのだと初めて気がついた。現在、世界の約7億人が水不足で暮らし、不衛生な水しか得られないために毎日4900人(年間180万人)の子供たちが亡くなっている。(国連水資源報告書、人間開発報告書)

またこうした水不足の原因の多くは、先進国の水の大量消費および新興国の急速な近代化によるものだ。

さらに大きな問題として、食糧や資源の多くを輸入に頼っている日本は外国の水を間接的に消費している。これを仮想水と呼ぶ。日本が輸入している大豆や小麦では1000トン、牛肉では150億トンの仮想水を輸入していることになる。日本の農産物や工業製品の輸入のために使われている仮想水は約800億トンにものぼり、日本の水使用量全体の830億トンとほぼ同じ量の他国の水を消費している計算になる。そして日本はアメリカに次ぐ世界第2位の水資源消費国だ。例えば輸入品でつくられた牛丼を一杯食べると、海外の水を数トン消費していることになり、気づかないうちに外国の自然環境を破壊し、地球を砂漠化していることに加担してしまっている。

また2050年には世界人口は90億人になると予測され、食糧増産や途上国の経済発展にともない水需要が増加して行くだろう。すでに水の国際紛争もあり、温暖化による気候変動、洪水、砂漠化などにより、2025年には世界人口の2/3が水不足になると予測されている。水という視点から見ても今の社会は持続不可能だ。

311直後、鴨川は停電し、水道が止まった。

鴨川市の取水は全部ではないが数百キロも離れた利根川から引いており、その水を加圧ポンプと減圧ポンプで調整し、電気エネルギーで各家庭に運んでいる。だから電気が止まると自動的に最も大切な水が、途絶えてしまう。外部から水・食糧・エネルギーなどライフラインを供給してもらうことは、自分以外の外部に命をコントロールされているとも言える。現代社会のインフラは、ひとたび電気が止まると必然的に社会機能がストップしてしまう。

311直後の東京もそうだった。電気が止まったあの日、電車が動かず交通がストップし、人は街に溢れ、生存の不安から買い占めが起こり、食料品売り場から食べ物があっという間に消えた。24時間営業の牛丼屋でさえ、売り切れになったという。

都市でライフラインを市民が取り戻すことはキューバなみの大変革が必要だが、田舎ではすぐにでも可能だ。

今回の地球生活楽校の初日は、村の長老達に案内してもらい炭焼き小屋の山水水道と、沢から引いている村の共同水道を見学しに行った。水道が引かれていなかったつい数十年前まで、村ではあたりまえのように山水や井戸水で生活していた。長老の軽トラ3台の荷台にみんなで乗り込みヒャッホウーって山の水源へ向かって走っていると、なんと向こうから駐在所のお巡りさんがパトカーでやって来てしまった。うわ、やばいって思ったけど時すでに遅しで、僕らは諦めてハハハって笑いながらそのまま軽トラの荷台に可能な限りお行儀良く乗っていた。そしてパトカーとすれ違う時、長老が軽トラの窓から顔を出し、ニコニコ笑顔でお巡りさんに声を掛けたら、なんの問題もなく顔パスで通過出来たのだ!さすが、長老である。ここでは、国家権力よりも村の長老のほうがエライのである!

鴨川地球生活楽校の先生であり、里山暮らしの師匠でもある村の長老たちです。

村の共同水道は毎月、当番で水道タンクの掃除と沢からの取水口の点検と掃除を行い、まさにコミュニティで水の自給を行っている。今では市の上水道が整備されているにもかかわらず、この共同水道は大切に管理されている。里山の村では、まだ水と食糧というライフラインが自分たちの手に残っているのだ。この根源的にどんなことがあっても生きていけるという潜在意識が、この里山に暮らす者の精神的な安定感だろう。311直後の長老たちのどっしりとした落ち着きぶりには、本当に驚いた。原発の爆発後、放射能汚染に怯えうろたえる人々とは真逆に、長老たちはいつものように淡々と野良仕事をしていた。戦争体験者でもある彼らは、「どんなことがあっても俺たちは生きて行くことが出来るよ」と言っていた。「この両手があれば、何でも出来るよ」と言ってゴツゴツした手のひらを見せてくれた。さすが、本物の百姓だ。そして、これが日本の底力なのだ。

炭焼き小屋に引いている山の水はこのコンクリートのマスに溜めます。と、説明してくれるごいちさん。

炭焼き小屋から、さらに裏の里山へ登り水源へ見学に行く途中、棚田の稲に花が咲いていました。

里山を登り、炭焼き小屋に引いている水源へ向かいます。
こんな山の中に手作業で、長老たち4人で水道管を設置したことが驚きです!本当にタフです!

軽トラの荷台に乗ってレッツゴー!これが楽しくて、みんな子供に帰っちゃいました!

風がとても心地良いのです。

ここが山水の水源です。とても気持ちがいい場所だ。この小さな清水が村の命の源であり、今でも現役の共同水道なのだ。

山の清水をこの浄化槽を通してから村へ引きます。この浄化槽を毎月、当番制で掃除し、水の自給をコミュニティで維持管理しています。

今回のアクティビティは、前回作ったコンポストステーションの屋根に雨樋を付け雨水タンクを設置し雨水利用をすることと母屋の裏にある井戸を復活させ、スローサンドフィルターを通して自然浄化し、飲み水を自給することだ。

雨水タンクは地域通貨「安房マネー」会員から無料で譲って頂いた農業用ポリタンクだ。安房マネーのメーリングリストに200リットルの雨水タンクありませんか?と呼びかけたところ、すぐに使っていなのがあるので無料でお譲りしますと返信があった。しかも500リットルの農業用ポリタンクで、なんと雨水集積用の大きなじょうごが付いているスグレモノだ。僕らの暮らす鴨川および南房総には約250名が参加する地域通貨「安房マネー」があり、モノとサービスと情報をシェアしあい、緩やかなコミュニティを形成している。本当にこのネットワークはありがたい、感謝!(仲間内ではアスクルより、早いって噂されている。)

雨水タンク設置チームはまず、雨水タンクの置く場所をコンポストステーション横に決め、そこを整地した。そしてコンポストトイレのポリバケツを洗いやすくするために、我が家にあった中古のU字溝を3段に重ねて1mくらい背の高い土台を作り雨水タンクを乗せた。そして雨水タンクの設置が終わってから、コンポストステーションの屋根に雨樋を取り付け雨水タンクまで伸ばして完成させた。

コンポストステーションをさっそく我が家で使い始めています。家族4人のコンポストトイレから出る糞尿や藁や籾などのバイオマス資源がもうこんなに溜まっています!匂いもしませんよ。すごいな〜、ゴミが宝に!

コンポストステーションの横に中古のU字側溝を高く積み上げ土台をつくり、安房マネー会員さんからもらった雨水タンクを設置しました。

コンポストステーションの屋根に雨樋を付け、雨水タンクまで伸ばします。身軽なヨッシーが大活躍です!

ホースで水をかけると見事に屋根からタンクに水が流れました!雨水タンクが設置され、これでコンポストステーションの完成です。

スローサンドフィルター制作チームは、まず井戸から母屋まで配管をした。ありがたいことに井戸は母屋より高い位置にあるので電動ポンプを使用することなく、自然落下で水を母屋に引けるのだ。その途中、井戸と母屋の間にある円形劇場畑に水やりができるように蛇口を付けた。配管を母屋まで伸ばすと、あらかじめフィルがスローサンドフィルター用のパイプを仕込んである300リットルのポリタンクに接続した。そしてそのタンク内に良く洗浄した川砂を敷き詰めた。

300リットルのポリタンクを土間へ運び、スローサンドフィルターの説明をするフィル。

家という小宇宙で水を循環させることが出来る。そのシステムを話すフィル。同じ水を何度も上手に使い回し、やがてその水は畑へ行き、食べ物となり、糞尿となり、また土へ戻る。元々、日本には伝統的に水を循環させる生活文化があったのだ。

家の裏にあるこの井戸から水を引きます。

スローサンドフィルターのタンクを母屋の横に設置します。

スローサンドフィルターに使う砂を流水で良く洗い流します。

鴨川地球生活楽校で持続可能な暮らしを学んでいるのは、受講生だけでなく僕たち家族も学んでいるのです。

スローサンドフィルターのポリタンクに配管します。

良く水洗いした砂をスローサンドフィルター用ポリタンクに入れて行きます。

洗った砂をたっぷり入れて配管を接続し、井戸から水を引き入れてスローサンドフィルターが出来ました!

このスローサンドフィルターは、産業革命以降の河川が汚染され伝染病が広がったヨーロッパで開発された浄化システムで、現在はさらに進化して菌の層をつくり、それによってコレラ等の病原菌を完全に除去し、どんな汚れた水も飲めるようになりアフリカの難民キャンプなどで使用されているというフィルターだ。

菌の層が出来るまでは2~3週間かかるそうだが、後日さっそくスローサンドフィルターを通した水をコップにつぐと濁っていた井戸水が透き通った水となって出て来た。おお〜素晴らしい!と僕は感動し、その水を飲み干した。これでどれだけ雑菌が除去されたか解らないが、僕は翌日お腹をこわさなかったので大丈夫だろう。今度また、水質検査をしよう。ちなみに井戸水はWSの前に水質検査をしたところ、雑菌や大腸菌が入っているので飲料水には適さないとの検査結果だった。しかし、今でもこの地域では、結構多くの人が井戸水や山の水で暮しているので、実はこの程度の自然界の菌は問題ないのだろう。それに、市の水道が入る数十年前まではみんな飲んでいたのだから。また、そもそも塩素消毒された水はまずい。第2次大戦後、占領軍によって本格的に日本全土の塩素消毒は始まった。塩素は消毒の効果が確実なのだが、1960年代以降から高度経済成長と共に自然環境が悪化し、急速に河川、湖沼、地下水が汚染され塩素の注入量を増加していったのだ。それにより、発がん性や催奇形性など毒性のあるトリハロメタンの発生が見られるようになった。(1981年、厚生省により総トリハロメタン濃度が年間平均値0.10mg/1の実施が指示された)う〜ん、水道水がまずい訳だ・・・。

水の危機が訪れている21世紀、現代文明は水の過剰使用と汚染をやめなければ僕たち自身の未来がないだろう。

この星に生きるモノとして、安全な水を手に入れるということは、生きることを手に入れることだ。人は水のあるところにしか住めないのだから。

鴨川地球生活楽校を通して、この里山で食べ物と水を手に入れる方法を学んだ。次はエネルギーだ。9月のWSでは、藤野電力のてつさんをお呼びして太陽光発電をみんなでつくる。そして太陽熱温水器もお風呂場の屋根に設置する予定だ。あと、菜種油を絞って明かりの自給も試みてみたい。これは長老に聞いたのだが、電気が無かった時代この村では植物油を使ってランプを灯していたそうだ。植物の種を搾って作った油は料理に使わず、明かりのために大切に使っていたそうだ。なので、必然的に食事はみんなマクロビオティックのような食事だったそうだ。魚は1年に1度晴れの日に食べるくらいで(肉はほとんど食べる習慣は無かったそうだ)、普段はごはんとみそ汁と季節にとれる野菜の煮物と漬け物などの超健康食。だから、添加物だらけの加工食品や季節のものでない輸入食品を食べて育った僕たち現代人より、長老たちの方がはるかに健康で80歳を超えた今でも元気に炭を焼き田畑を耕す現役バリバリの百姓なのだろう。

ハイパー消費社会を生きる現代人は今、「消費者」から地球に生きる「生活者」へとシフトする時を迎えている。目に見えない巨大なシステムから送られて来るライフラインで命を支える暮らしから、目に見える手の届くライフラインを地域や自分たちで確保する暮らしへと。

生きることがどんどん自分たちの手で創り出されて行くと、不思議と精神も自由になって行くように感じられる。

円形劇場畑にクローバーが咲き、にぎやかになってきました。

日本ミツバチがたくさん来ました!ありがとう〜!里山は宝の山だ!

キッチンガーデンでトマトが穫れ始めました。

お昼の準備をしているやっちゃん。今回はソーメンなので、かまどで煮ています。暑い中、ご苦労様です!いつも、ありがとう!

お昼のソーメンはまたまた絶品でした!キッチンガーデンで穫れたフェンネルやしそ、夏野菜をたっぷり使ったたかきびスパイシーソーメンは新味覚で、みんなうまい!を連発し、おかわりの列が出来る程でした。やっちゃん、ごちそうさまでした!

キッチンガーデンのハーブの種取りをしています。

今回は和田に建設中のフィルの家へ見学に行きました。

フィルの家のベジタブルガーデン。イノシシよけのため、ばっちり金網でガードされています。

フィルの家では雨水だけで暮しています。5トンの雨水タンクとストレートフラッシュの仕組みを見学。これもシンプルだけど超優れた仕組みです!

フィルの家のワイルドな青空五右衛門風呂。

フィルの家のコンポストトイレ。我が家のとは違うシステムです。

コンポストトイレの下はこうなっています。液体と固体を分けるタイプです。

チーム土暮家のレポート発表です。素晴らしいプレゼンでした。毎回、とてもレベルが高いです。

NPOうずの今年のもう一つのプロジェクトは僕たち自身が長老に弟子入りし、里山の知恵を学んでいます。現在、背負い子を再生するため30mの藁ないをしています!

土間の入口に咲くかわいい花が、来訪者を出迎えてくれます。

初夏の里山も美しいです。

text 林良樹  photo by HIRONO

「水」鴨川地球生活楽校 7月レポート」への2件のフィードバック

  1. 素敵です♪ 成田の地で長老にはまだめぐりあっていませんが、「長老=おじいさん、おばあさん」の生活を見て育った60代の農家さんから少しずつ聞き出しています。来年には私なりの学校ができればいいな~と思います。

  2. 片岡さん ありがとう。村の古老はたくさんの知恵を持っています。今のうちに、その宝物を引き継ぎたいと思っています。片岡さんも成田の宝物を見つけたら、ぜひ引き継いでください。

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