「ニッチ」鴨川地球生活楽校 10月 レポート

〜原発に反対すると同時に、僕らは311後の答えを生きる〜

ニッチ(Niche)とは聞き慣れない言葉だ。

ネットで検索した「はてなキーワード」によると、「適所、適切な地位など肯定的な意味であり、そのような意味で使われることが多い。しかし転じて隙間産業のことをニッチ産業、限定的な市場のことをニッチマーケットといった使い方もよくされ、ニッチ=隙間=限定的=先細りという否定的な意味で使われることも多くなっているようだ。

そのため現在では、意味が肯定と否定の間でぶれている。

生物学で使われるニッチ生態学的地位。ニッチェとも)とは、その生物が活動する時間、空間、餌等、環境のすべての資源のこと。同じニッチを持つ他種の生物はいない。」ということだ。

フィル的にパーマカルチャー風に表現すると、こうだ。

「適した時間と空間を与えることで、素材(人や物)の性質が最大限に活かされること。環境を変えることで、アンハッピーなものも、ハッピーになれる。」

う〜ん・・・わかるようで、やっぱり良くわからない感じだ。

だから、僕らは早速そのニッチをつくる作業に取りかかった。

そして10月のアクティビティは地球生活楽校始まって以来の肉体労働となった。

今回は3箇所に分かれて作業をするため、班分けをばらして適材適所にメンバーは散らばった。まあ、男性はきついドブ掘りで、女性はスパイラルガーデンと言う感じに分かれたのだ。

一つ目のニッチは、母屋から出る台所排水を受ける溝を掘り、その溝に高低差を付けた2箇所のバッフルを設け、たっぷりの木質チップを入れ、多様な微生物がいる空間をつくり、それにより家庭排水を浄化し、数年後には堆肥にもなるという一石三鳥ものマルチ・ベイシンという浄化システムだ。

築200年の母屋のまわりにはコンクリート製の側溝なる文明的な排水溝はなく、数年に一度、僕がドブ掘りをしていたのだが、夏場どうしてもドブ臭くなってしまう問題もあったが、これも解決してくれるマルチ・ベイシンとは本当に素晴らしい仕組みだ。

でも、作業はいたって地味できついドブ掘りである。

なんと、それを知ってか知らずか、この作業に現れたのは河村さんと、ともくんと、そしてどらちゃんの3人だったのだ!河村さんとともくんは分かるが、とどらちゃんも来た!どらちゃんと言えば、旧パーチームでいつも若い山ちゃんを使いまくっていたが、この日、真っ先に一番3K(きつい・きたない・きけん)な汚れ仕事を買って出た。黄色いポップな長靴を泥んこにしながら、ガシガシとドブを掘るどらちゃんの姿に僕はむむむ〜と唸り、どらちゃんが社長業を長く続けて来た秘訣を見た様な気がした。やる時はやる男なのだ、どらちゃんは。

二つ目のニッチは、そのマルチ・ベイシンの延長線上に洗濯排水も加わった箇所にウェットランド浄化システムをつくり、最後に小さな池を設け、排水が池へ辿り着く頃には綺麗に浄化され、その池には金魚が暮らせるという仕組みだ。(予定では!)

ウェットランド浄化システムとは、排水が通る溝を深めに掘り、その溝に防水シートを敷き、そこへたっぷりと川砂利を入れる。さらに砂利の上には水生植物を植え、排水は高低差を付けた3つの層を通り、池へ流れるという仕組みだ。水生植物の根は砂利へ伸び、その根から酸素を出し、砂利の中は好気性となり、砂利とその周辺にはたくさんの微生物、植物、生き物が存在し、排水を浄化すると同時にここもまた生物多様性なニッチとなる。

そして、ここでは我が家にゴロゴロとたくさんあった石をそのウェットランドのまわりに配置し、あたかも日本庭園のような、禅寺の石庭のような空間になった。仕上げはスパイラルガーデンを終え合流した女子たちが熱心に苔や草をあちこちから集めて来て、石の間に埋めて行くと、一見するとこれが浄化システムとは思えないほどの美しい空間に生まれ変わった。今回みんなは、土方から造園業になり、仕上げはガーデンアーティストになったのだ。

 

ここも作業はかなりの肉体労働であったので、初参加のくまさんは農作業をすると思って来たが、土木作業をするとは思わなかったと驚いていた!(笑)そう言えば地球生活楽校のチラシには、10月はニッチづくり(ハーブスパイラルや池など特徴のある環境をつくり、多様な生物の空間をつくる)とあるから何をするのかよくわからなかったのだろう。

しかし、このハードなドブ掘り&石運び作業に一人の女性、ゆうかさんがいた。彼女は男性に交じってガンガン働いていたのだ!さすが、炎の裸足ランナーでありジャズシンガーだ。男顔負けに大きな石を抱えワシワシと運んでいる姿が印象的だった。

三つ目のニッチはスパイラルガーデンづくりだ。ここは奥様ニッチとフィルは命名した。なんで奥様ニッチかと言うと、主婦である菜穂がハッピーになれる時空をデザインするというコンセプトだからだ。

母屋の南側にぽっかりとある小さな空間に、主婦が心地よくいられる空間をつくる。主婦のニッチとして洗濯物が良く乾くテラス(ここにテラスをつくる予定)があり、鶏小屋(来月つくる予定)があり、そしてハーブスパイラルがある。ここで、晴れた日は洗濯物を干し、太陽光発電で充電したパソコンで音楽をかけながらお茶の飲み、テラスから降りてハーブを摘み、鶏小屋からもらった卵でハーブオムレツを焼き、ランチを食べ、午後の休憩は猫たちと読書をし、夕方はテラスから降りて犬の散歩に行く・・・とこの時空で、植物も鶏も猫も犬も微生物も洗濯物も奥様もみんなハッピーになると言う訳だ。

このスパイラルガーデンづくりには、ゆうかさん以外の女子が全員集まった。

いつも男性顔負けでガンガン動く直子センセイ(物知りで格闘家の直子さんはみんなからそう呼ばれている)は腕を痛めており、今回は監督に徹してスパイラルガーデンの指揮にあたった。スパイラルガーデンというなんとなくロマッチックな響きに釣られて女子があつまったが、なんとここも土木作業が待っていた。今月は、結局どこに行っても土木作業からは逃げられないのであった。

静岡から毎月来ている妊婦のなほさんも、結構働いているのだ!自然の中での適度な労働はかえってお産には良いという。自然の中で気持ちよく身体を動かし、この楽しいバイブレーションの中にいることは胎教に良さそうだ。母親の喜びは赤ちゃんの喜びとなる。ニッチと一緒だ。微生物の喜びは結果、人間の喜びになる。

ここでも、家のまわりにたくさんあった大きな石、蔵のまわりにたくさん積んであった瓦、溝から掘り出した栄養たっぷりの泥、2年モノのコンポストの堆肥、腐った丸太等々、ここにあるものが最大限に有効活用された。身の回りにあるものを使い、土の上で「命の彫刻」をみんなでデザインして、素敵なモダンジャパニーズ瓦スパイラルガーデンが出来上がった。なんて独創的で素晴らしいコラボレーションなのだろう!

後日、この土と石と植物と瓦とバクテリアでつくられたスパイラルガーデンで、僕は一人で土いじりをしていると、いつの間にかうずの中心に吸い込まれていき、瞑想状態に入っていったのだ。

宮沢賢治の詩を思い出す。

ここから草削(ホウ)をかついで行って

玉菜畑へ飛び込めば

何か仕事の推進力と風や陽ざしの混合物

熱く酸っぱい阿片のために

二時間半がたちまち過ぎる

そいつが醒めて

まはりが白い光の網で消されると

僕はここまで戻って来て

かくのごとくに

水をごくごく呑むのである

それはまるでチベットの僧侶が砂でマンダラを描くような、ユングの箱庭療法のような、ガンジーのチャルカの糸つむぎのような、感じだ。このうずを巻いた丸い畑には精神を安定させる効果が高いのではないだろうか。この癒し効果が高いスパイラルガーデンは病院や学校、福祉施設、会社等に一つあるといいだろうと思った。

スパイラル(うず)は世界中の古代文明や先住民にそのモチーフは共通して見られるように、宇宙、銀河、永遠、循環、再生、命、創造、DNA、誕生と死、台風、つむじ等々、生命エネルギーの根源的なシンボルである。(ちなみに僕らのNPOは、里山の農村から新しいうずを起こして行こうとNPO法人うずと名付けた。)

またある日、僕は小5になる娘のモネとスパイラルガーデンでアートを楽しんだ。地球生活楽校でたかちゃんが焼いてくれた籾殻薫炭をスパイラルガーデンに敷き、鴨川の海岸で拾って来た貝殻にハーブの名前を書いてその名札を置き、うずの中心に球体のクリスタルを置くと、なんだかシャーマニックなプリミティブアートのようなガーデンになった。いや〜、これは楽しいな〜、美しいし、食べられるし、癒されるし、生物多様性だし、瞑想しちゃうし、アートできるし、無限に遊べるぞ、このスパイラルガーデンは!

二日目の朝、生物多様性の学びとして大山千枚田へ行った。そしてここの若き事務局長の浅田くんに里山及び棚田の生態系について講義をして頂いた。虫の研究をしていた彼は学生時代、横浜からしょっちゅうこの千枚田に通い、大学院卒業後はそのままNPO法人大山千枚田保存会に就職したという超虫大好き人間だ。彼を虜にした鴨川の棚田はそれだけ生物多様性に富み、レッドデータの滅危惧種生物がウヨウヨいるのである。

虫の観察会のため、浅田くんの案内で大山千枚田の棚田に降りていくと、昨日の夜僕らも見に行った3000本のかがり火の片付けを地元の方々がしていた。昨夜はこの大山千枚田の畦に竹でつくった松明を3000本並べて火を灯すという幻想的なイベントを千枚田の収穫祭のために行い、ラッキーにも地球生活楽校の初日の夜と重なったので、僕らも見に行ったのだ。夕暮れ時、千枚田に到着すると棚田の畦に3000本の小さな明かりが揺れている光景が目に入ると、みんなその美しさに溜息を漏らした。暗くなると棚田の上に大きな月も現れ、幻想的な美しさに拍車がかかった。

さらに棚田の中に設けられたステージで、この大山地域伝統の雨乞いの神楽の舞いが始まった。笛と太鼓と歌に合わせ、静かに獅子が3000本のかがり火の中で舞い始めると不思議な異空間となった。この千枚田の棚田も神楽も復活させた文化なのだ。

高齢化のため維持出来なくなった棚田を都市住民と一緒に維持して行く仕組みとして始めた棚田オーナー制度の大山千枚田。第2次世界大戦で村の多くの男性が戦争に行き途絶えてしまったが、地元の有志たちが復活させた雨乞いの神楽。

この二つが今、多くの都市住民が見守る中、3000本のかがり火とともに現れている。それはまるで、ひとつひとつのかがり火は小さな光ではあるが、3000本集まると大きな光となる光景が、鴨川の都市農村交流はたとえ小さくても、やがて社会を明るく照らす起爆剤につながるだろうと予感させる夜だった。

浅田くんの案内で千枚田の棚田を歩くといとも簡単に里山の生き物たちにたくさん出会えた。レッドデータのアカガエル、東京サンショウウオ、アカハライモリ、バッタ等々・・・。さすが虫オタクの青年が惚れる棚田だ、ここは生物多様性の宝庫だ。また里山の森に入ると戦後、杉の植林をした後、安い外材に押され、手を入れなくなってしまった常緑の照葉樹林が広がる房総半島の豊かな植生は、今は荒れ果てて、されに獣(これも人間が原因である)が爆発的に増加している。荒れた里山から猪、猿、鹿が村へ降りて来て農地を荒らし、限界集落にとどめを刺そうとしている。里山、棚田、森など一度人が手を入れ管理して来た土地は、ここに人が暮らし続け、維持管理し続けることで、人と自然のバランスが保たれる。

「自然界で一番問題なのが人間ですね」と、最後に浅田くんはポツリと言った。

だから、この地球で一番の問題児であるわれわれ人間が、少しでも他の生物に迷惑をかけず暮していく方法をこの鴨川地球生活楽校で僕らは学んでいる。

そして、今回のニッチづくりで目に見えない小さな微生物から人間までの多様な生物が心地よく共存できる時空間を創造することが出来た。しかも美しく!

人間は方向性を間違わなければ、出来るのである。僕たち人類は自然と調和する知恵をすでに持っていて、あとはその知恵を活かし、多くの人と協力すれば、共生社会は実現可能なのだ。

この二日間でつくられた美しいマルチ・ベイシンやウェットランド浄化システム、スパイラルガーデンを見て、同じ方向の人と共同作業をすると創造性が爆発し、想像以上の創作物が生まれることに僕は感動した。

最後のふりかえりで、しおちゃんが言った言葉が余韻として残っている。

「ひとつひとつを美しく仕上げることで、みんながアーティストになれるんじゃないかなって思った」

そうだよ、しおちゃん、21世紀はすべての人がアーティストになる時代だ。

これからは絵を描いたり、音楽を奏でたりすることだけでなく、自然と調和した生活そのものが美しいアートになる。

そして、「美しい暮らし」は「美しい村」をつくり、やがてそれは「美しい地球」をつくることになる。

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