〜決壊、そして「静かな洪水」が運ぶ「種」〜

〜決壊、そして「静かな洪水」が運ぶ「種」〜

 

2015年8月30日日曜日の午後1時過ぎだったろうか、鴨川の友人たちと国会前のデモへ到着すると、もうすでに歩道は一杯だった。

車道へ入れないようにするため歩道にはフェンスが敷かれ、警察官が誘導していた。
しかし、次々と集まる人々で、もう歩道はパンク寸前だ。
すると、誰ともなく1人また1人とフェンスを超えはじめた。
僕もそれに続いてフェンスをまたいで車道へ出て行った。


それから、ワラワラと次々に人々は車道へ出て行った。

警察官と衝突するでもなく、怒号が響くわけでもなく、静かに人の波が、まるで河からあふれるように車道へ流れだしていた。
警察官もその人の波になすすべもなく、車道のガードは決壊していった。
みんな高揚していたけど、不思議と落ち着いていた。
そして、思い思いのプラカードを掲げて、コールをする人、ドラムを叩く人、何も言わずただ歩く人、表現方法はみんなバラバラだけど、正面にある巨大な三角屋根の国会議事堂へ真っすぐ向かって歩いて行った。
一人ひとりの連帯が、非暴力不服従で意思表示するために、国家の最高権力者へ向かって、人々が行進していく光景は感動的だった。

封建時代だったら、刀や槍で殺されていただろうか。
でも、今はそんなことは出来ない。
みんな、スマホやビデオカメラで日本中へ、世界中へ発信している。
マスメディアが真実を伝えなくても、一人ひとりがメディアとなったインターネット時代の今、世界中の人々が監視しているのだ。インターネットとSNSが人々の盾となっていた。
さらに、ありがたいことに「弁護士」という黄色い腕章をつけた「見守り弁護団」が、警察の過剰な警備を監視するため、アチコチに立ってくれていた。

 

組織ではなく、個人の自主性で集まった十数万人は、誰かのかけ声やリーダーの指示で動いていたのではなく、一人ひとりが自分の意思で、自分の考えで、自分の判断で、自分で行動していたから、その決壊は「静かな洪水」のようだった。

最前列では若者たちがリズムに乗って激しくコールしていた。
彼らが最初に体を張って、突破してくれていたのだ。

311が起きて、政治に無関心だった日本人に意識の地殻変動が起きている。
脱原発や再稼働反対のデモへ多くの人が集まり、山本太郎さんが国会議員となり、三宅洋平さんが全国で選挙フェスを行い、そしてSEALDsが登場した。

10代20代の若者たちがとても洗練された政治文化を創造し、自分たちのメッセージを表現しはじめた。その「声」は借り物ではない、自分自身の内側から絞り出した「声」であり、そのムーブメントはネットで配信され、全国に多くの感動と共感を呼んだ。
そして学者、主婦、芸術家、野党政治家、宗教家、農家、一般の人々、垣根を超え今までの運動体とも連帯し、大きなうねりになり、とうとう8月30日は1960年代以降の日本最大のデモとなった。

60年代のような武力衝突にならないように、みんな最大限に気を使い、お互いを思いやり、非暴力不服従の稲作民族のやさしいカクメイだった。
対立するはずの警察官にも、思いやりがあったように感じた。
誰も傷つかず、どこも汚さないカクメイ、スマイルレボリューションだ。
これは、新しい時代の始まりだ。

この動きは、一人ひとりの意識の中に眠っていた種が発芽したのだ。
これから、その芽は成長し、枝を伸ばし、太陽の光をたっぷりと浴びて、葉を茂らせ、やがて美しい花を咲かせ、必ず実を結ぶだろう。
そして、その種はまた大地へ降りる。

 

この「静かな洪水」は、新しい意識の「種」を日本中の隅々まで運んでいる。
そして、意識の「種」と同様に、大切なのは食べ物の「種」だ。
両方の「種」を育てていこう。
この里山で。
そんなことを思いながら、今日は野良仕事をした。

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